2004年07月03日
ダ・レ・ニ・シ・ヨ・ウ・カ・ナ
NHKを見ていることが多い。最近は政見放送をしているので目にすることも。
「わたしたちは、こんなこと、こんなこと、こんなことを実現してきました」
声高に言わなければ誰も知らないなら、それはたいした成果ではないのだ。
知らなくてはいけないことは、人は知ろうとするものだ。
ちょっとした知り合いは、どうやら共産党を支持しているらしい。
「誰に投票するの」と言うから、
「そういうことは親にも夫にも漏らさない」と答えた。
○○さんに投票してよ、よかったら。と言う。
言われた途端によくなくなる。
自分がその人のどこを支持しているか、どういうところが信頼できるか
そういう情報ナシに、投票してくれと言う神経はいかがなものか。
その人と、年のいった知り合いの会話。
「○○さんに投票してよ。△△さんの血縁なんだよ。いい人だよ」
「いいけど、どうすりゃいいのよ。ポスター貼ってないよ」
このあたりではその人のポスター貼ってないのだ。
「○○さんの名前書けばいいんだよ、とにかく」
「あ、そう。わかった」
言われている方の人は、選挙に出馬したことのある人だ。
面白半分だったのかもしれない、活動のひとつだったのだと思う。
選挙をおもちゃにしやがって、と小さく毒づく。
どんなものでも視点を変えてみるのはいいことだと思う。
だけど、まじめに取り組まなくちゃいけないものもあるのだ。
顔がいいとか、家族がいいと言っているとか、近所で演説していたからとか
テレビで見たことのある人だからとかそんな理由で投票するのはやめようよ。
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このエントリはweb saitoさんの判断停止の人々に呼応して書かれました
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