2004年08月03日
住むための機械
シャルロット・ペリアンの展覧会の手伝いをしたことがあり、
その当時、わたしはコルビュジェのことばかり考えていた。
「住宅は、住むための機械である」
機械って、どういう部分が機械なのだろう。
わたしが知っているのは英語だ。
the house is a machine for living in.
十分にして最小限の機能と十分な強度を持ち、それを十分に使いこなしている人がいる。
はたして、わたしは家を使いこなしているだろうか。
最近、朝公園を抜けていくことがあり、
公園で食事をしたりくつろいだり運動したりしている人をよく見かける。
そのたびに、家は最小限でいいから十分にくつろげるものであり、
町を最大限に使用したいと考える。
なかなかできることではないのだが。
物や機能を厳選し、必要なものだけを組み合わせて自分らしい家を作ること
それはとても難しい。
でも、余分の歯車は要らない。余計な配線は要らない。
最小限が十分に効率よく機能し、掃除や手入れがしやすい大きな機械を
わたしも作りたいものだと思う。
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